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熊本地方裁判所 昭和34年(行)20号 判決

原告 服部春雄 外一四名

被告 国・日本電信電話公社

訴訟代理人 高橋正 外一一名

主文

原告等の被告等に対する請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告国が別紙第一、第二目録記載の原告等に対し同目録記載の免職年月日になした免職処分はいずれも無効であることを確認する。被告国は第一目録記載の原告等に対し、被告日本電信電話公社は第二目録記載の原告等に対し各金一〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、昭和二四年頃、別紙第一目録記載の原告等は郵政省の、第二目録記載の原告等は電気通信省の、それぞれ職員で、その職名勤務場所並びに労働組合関係は各目録記載のとおりであつたが被告国は原告等を右目録の免職年月日欄記載の日に行政機関職員定員法(以下定員法と略称する。)による過員に該当するとして免職処分にした。

二、しかし原告等に対する右免職処分は次のとおりの理由により無効である。

(一)  即ち定員法の立法理由として政府の公表するところは国家財政の再建のため人員整理を行うと謂うものである。

右立法趣旨からいえば、成績優秀者や国から給与を受領していない組合専従者等をその対象とすべきでないことは明らかであり、このことは昭和二四年八月一一日当時の郵政大臣兼電気通信大臣の発表した積極的整理基準として(イ)公務員としての資質、(ロ)事業の再建に必要とされる職員の技能、知識、肉体的諸条件、(ハ)特に通信業務に対する協力の程度、(ニ)勤務年数の短く勤務成績良好でないもの

を掲げていることや、又同年六月六日人事院が発表した消極的整理規準として(イ)能準の高いもの(ロ)勝れた能力を有するもの(ハ)勤務年数の比較的長いもの(ニ)同種の業務に比較的長い経験を有するもの(ホ)公務執行上必要なもの(ヘ)勤務成績良好なもの

をあげていることで明らかである。

原告等は何れも勤務成績優秀であり、又原告等のうち金森晋、栗原孝介、黒木武二、野村利男は組合専従者であつて国から給与を受けていないものである。

従つて原告等は到底定員法による人員整理の対象とされるべきいわれはないものである。

にもかかわらず国が原告等を右整理の対象とした真の理由は、原告等が別紙目録の「労働組合関係」欄記載の如く全逓信労働組合熊本県地区本部又は支部の役員で右労組の主流派に属し、原告等を含め主流派組合員には共産党員又はその同調者が多く、従つて共産党員が右労組の中該をなしていたといえないこともない状態であつたが、右労組は昭和二四年六月開催された全国大会において定員法の絶対反対の決議をしていたため、国は定員法の実施を推進するためには右労組を骨抜きにする必要があつたので、その主流派役員つまりは共産党員を人員整理の対象とし原告等を免職処分に付したものである。これは定員法に名をかりたもので憲法第一四条第一項、第二八条及び国家公務員法第二七条、第九八条第三項に違反する無効な処分である。

(二)  仮りに原告等に対する免職処分が定員法に基くものであるとしても、定員法による整理は国家財政の再建という公益のため労働者の犠牲において行われるものであるから、出来るだけ犠牲を少くすることが肝要で、それには第一次的にはなるだけ希望退職者を募り希望退職者でまかなえない数だけ強制整理を行うべきであり、このことは大臣談話として「人員整理は可及的に希望退職によるべきである。」と発表せられたことからしても明らかである。

そこで国は整理の達成期日である昭和二四年九月三〇日直前頃迄極力希望退職者を募るべきであつたのにその努力をすることなく、右期日の三二日又は一四日以前という早期に原告等を含む職員の強制整理を行い、その後希望退職者が出たため郵政省関係においては三六二七名、電気通信省関係においては一〇四六名の各欠員を生ずるに至つたのである。

右は明らかに整理の基準や時期を誤り恣意的に行われた結果であるから本件処分は無効である。

(三)  仮りに以上の主張が理由がないとしても本件免職処分の根拠法規である定員法そのものが憲法違反の法律であるから無効である。

即ち本件免職処分は定員法附則第三項の「行政機関の職員の数が昭和二四年一〇月一日現在同法第二条に規定する定員の数を越えないように同年九月三〇日迄逐次整理すること。」の規定に基くものであるが、右被整理者については同法附則第五項により国家公務員法第八九条乃至第九二条の適用を排除している。

右国家公務員法の条文は不利益処分に対する事後救済の手続方法のみを規定するものではなく違法不当な恣意処分の発生を防止することをその目的とするところであるが、右条文の適用の排除により定員法附則第三項による免職処分は免職理由の説明書を要しないものとなり、又免職処分の理由の如何に拘らず審査請求を認めないこととなるから、必然的に恣意的処分をなしうることとなりその結果定員法に名をかり憲法上許されない信条や性別等による免職処分も容易になしうることとなる。

定員法の目的が公共の福祉のためであるとしても、右の如き基本的人権に優先する程の重要性と緊急性のある公共の福祉のためと認められるべき合理的理由はないから、定員法附則第五項は附則第三項と相俟つて憲法第一四条に違反する無効のものである。

三、以上のとおり本件免職処分は無効であるから当時郵政省所属の別紙第一目録記載の原告等は引続き国の職員であり、当時電気通信省所属の第二目録記載の原告等は電気通信省の事業が被告日本電信電話公社に引継がれるとともに日本電信電話公社法施行法第二条により従前の雇傭関係もそのまま被告公社に承継されたので被告公社の職員である。

四、そこで被告等は原告等に対しそれぞれ賃金の支払義務があるところ原告等は昭和二四年以降その支払をうけていないので原告等は本訴において本件免職処分の無効確認を求めるとともに未払賃金の内各金一〇〇〇円宛につきその支払を求める。

と述べ、

(一)  被告主張の二の本訴請求がいわゆる権利失効の原則により許されないという点につき、原告等が退職金を受領したことは認めるが、異議をとどめなかつたという点及び全逓労組が原告等の免職処分を肯認し原告等を組合員として認めない決議をしたとの点はいずれも否認する。

原告等の本訴提起が遅れたのは

(1)  本件処分が米国の占領政策に基因しこれに支持されていたため情勢の変化を待つ必要があつたこと。

(2)  本件と同種の訴訟は全国各地に提起されたが殆ど労働者側の敗訴に終つたこと。

(3)  原告等は免職により生活に窮し訴訟を提起する経済的余力がなかつたこと。

等のことがその原因であつて、いたずらに本訴提起を遅らせたものではない。

(二)  被告主張の三の(三)の原告等に対する具体的処分理由のうち、原告山口泰が被告主張の郵便検定試験に反対の意見を発表していたこと、原告橋本良俊に被告主張の(1)乃至(3)のような行為のあつたことは認めるがその余は否認する。

仮りに右以外の原告らにそれぞれ被告主張の如き事実があつたとしても、山口、橋本両原告ともども、当時いずれもその責任を問われることがなかつたものであるから、これをもつて本件免職処分の理由とすることはできない。

と答えた。

(証拠省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

一、原告主張の請求原因一の事実のうち別紙第一目録記載の原告山口泰、同原賀孝弘両名の所属労働組合における役職の点は不知。その余の事実は認める。

請求原因二の(一)の事実のうち、原告主張の日時頃、その主張の如き大臣談話並びに人事院の助言があつたこと、原告金森晋、同栗原孝介、同黒木武二、同野村利男が当時全逓信労働組合の専従者であつたこと、は認めるがその余の事実は争う。

請求原因二の(二)の事実のうち、定員法による人員整理の達成期日が原告主張のように昭和二四年九月三〇日であつたこと、郵政省においては同年一〇月一日現在における実在員が定員法所定の定員数を三六二七名下廻るに至つたこと、は認めるがその余の事実は争う。

請求原因二の(三)は争う。

請求原因三の事実のうち電気通信省の職員は原告主張の如き法律により被告公社の職員となつたことは認めるがその余は争う。

二、原告等は本件免職処分の無効を主張するがかかる主張はいわゆる権利失効の原則によつて許されない。

即ち原告等の主張するように、原告服部春雄、同前田冨徳、同平野朝夫、同堀泰生、同野村利男、同山口泰、同黒木武二、同金森晋、同金森清子、同橋本良俊らはいずれも昭和二四年八月一二日に、原告栗原孝介、同梶原定義、同新田慶子らはいずれも同年九月一〇日に、更に原告原賀孝弘、同青谷徳彦らはいずれも同月一六日に、それぞれ定員法にもとづき免職処分に付されたが、右原告らは処分後間もなくいずれも退職金を何らの異議なく受領したばかりでなく、原告等に対する本件処分は同年九月上旬頃同人等の所属していた全逓信労働組合熊本地区本部の大会において肯認せられ、以後原告等を右組合員と認めない旨の決議がなされたのであり、爾来約一〇年間の長きに亘り原告等は何ら本件処分を争うことなく経過したものである。従つて被告等が原告等はもはや本件免職処分を争わないであろうと信じたのは至極当然のことであつて、右の如き信頼関係に基いて被告等は新しい組織と規模のもとにその事業を運営してきたものであり、且又本件処分当時と現在とでは我国の政治、経済、社会情勢も非常に変化しているのである。

かかる事情のもとにおいて原告等が突如として本訴を提起(昭和三四年一〇月二八日)し、従来長年月に亘り形成されてきた一切の関係を一挙にくつがえそうとするのは、権利の行使として余りにも恣意的であり、信義則に反するものである。

原告等は本訴提起がおくれた理由として(1)本件処分が米国の占領政策により支持されていたので情勢の変化を待つ必要があつたこと。(2)本件と同種の訴訟において殆んど労働者側が敗訴していること。(3)経済的余力がなかつたこと。を掲げているが、たとえ右のとおりであつたとしてもこれらのことは被告等が原告等はもはや本件免職処分を争わないであろうと信じたことの妨げとはならない。

従つて原告等の本訴請求はいわゆる権利失効の原則に照し許されないものというべきである。

三、仮りに右主張が認められないとしても本件免職処分には原告主張の如き無効原因は存在しない。

(一)  原告等は本件免職処分は定員法に名をかり真実は共産党員の排除を目的としたものであると主張するが、そもそも定員法は終戦後危機に瀕した我国国家財政の再建をはかるため、戦時中膨脹した行政機構を当時の国力に相応する適正規模に縮減するとともに事務を徹底的に簡素化するについて人員の整理が不可欠であつたところから制定せられたものであつて、その立法の趣旨からするも共産主義者の排除を目的としたものでないことは明らかである。

事実被告国は本件行政整理を実施するに際し共産党員の調査をしたこともないし、共産党員でない者も多数整理されている実状であつて、原告等に対する処分は後記の如き理由によるものであり、共産主義者であることがその理由ではない。(附言するといわゆるレツドパージは昭和二五年秋から翌二六年春までになされたもので本件定員法に基く整理とは時期を異にするものである。)

尚原告等は原告野村利男、同栗原孝介、同金森晋、同黒木武二は当時全逓信労働組合の専従者であり国の給与を受けていなかつたから、定員法の立法趣旨である国の財政の健全化という立場からすれば右専従者を整理する必要はなく、このことからしても本件処分が共産主義者の排除をその目的としたことが明らかであると主張するが、同人等が組合専従者として国から給与をうけていなくても定員法にいう定員には含まれているのであつて、右組合専従者がその役員としての任を解かれ職場に復帰した場合には国はこれらの者に給与を支払わなければならないのであるから、組合専従者を整理の対象にしたことを以て本件処分が定員法に名をかり共産主義者を排除したものというのはあたらない。

(二)  次に原告等は仮りに本件免職処分が定員法に基くものであるとしても、被告国は強制整理による犠牲者を出来るだけ少くするため出来るだけ多くの希望退職者を募集すべきであつたのにその努力をせず、しかも整理期限たる昭和二四年九月三〇日の一四日又は三二日以前に免職にしたのは恣意的な処分で権利の濫用にあたると主張するが、被告側としてはまず希望退職者を求めそれにより目的を達しない員数につき強制整理を行なわなければならないという何ら法令上の規定等はなかつたので、全く希望退職者を求めずして強制整理をなすことも適法であつたのであるが、被告側としては極力強制整理による犠牲者を少なくするため希望退職者の募集を行なつた結果、最終的には希望退職者の人数は郵政省において一万一五〇〇名をこえ、又電気通信省においても三九五〇名の多きに達した。

しかし希望退職者による整理だけでは定員法施行日たる昭和二四年六月一日から同年九月三〇日迄の短期間内に定員法による過員の整理を完了する見込みがなかつたため、同年八月一二日に第一次整理を次いで同年九月一〇日又は同月一六日に第二次整理を行つたものである。その結果郵政省においては同年一〇月一日現在における実在員が定員法所定の定員数より三六二七名下廻るにいたつたが、それは郵政省が同年八月一二日ないし同年九月一六日に定員法による過員一万八五五六名中一万七八〇〇名を整理した後同年九月下旬になつて予想外に多くの希望退職の申出があつたため、結果的に過剰整理となつたにすぎなく、第一目録記載の原告等に対する整理はいずれも同年八月一二日から同年九月一六日迄に定員法による過員の範囲内で行われたもので適法である。

電気通信省においては同年一〇月一日現在実在員が定員法所定の定員数以下になつたことはない。

又被告国は強制整理をするにあたり、その適正を期するため国の事業運営に寄与する効率の高い者を残し、その比較的低い者を整理することとし、その具体的基準として(1)高令者(2)長期欠勤者(3)事業非協力者(4)懲戒処分を受けた者(5)勤務成績不良者(6)勤務年数が短かく勤務成績不良の者、の六項目を設けて実施にあたることとし、その実施前において各郵便局長又は電気通信部長、各電気通信管理所長等人事担当者を招集して右具体的整理基準の周知徹底をはかり、被整理者の認定にあたつては本省並びに下部人事担当者は充分な打合せをし慎重に協議検討した上これを処理したものであつて全く適正な処分である。

(三)  原告等が本件免職処分に付されたのは次の如き前記具体的整理基準に該当する事実があつたからである。

即ち

(イ)  原告服部春雄は

(1) 昭和二二、三年頃熊本逓信局臨時調査部に勤務し同二四年一月一九日同局貯蓄部(同年二月から貯金部となる)勤務となつたが、一方昭和二二年頃全逓熊本逓信局支部執行委員となり昭和二三年頃から免職まで全逓熊本県地区本部の副執行委員長の職にあつたもので、その間勤務時間中上司の承認をうけることなく屡々離席し仕事に熱意がなかつたこと。

(2) 更に昭和二三、四年頃職場大会が開催された際当時の金丸逓信局長をトラツクに立たせて吊るし上げたり、また他の組合員に卒先して過激なアジ演説をして職場秩序を乱したこと。

(ロ)  原告前田冨徳は

(1) 熊本郵便局保険課に勤務していたが職務怠慢で勤務時間中上司の許可なく組合事務室に出入りし組合事務に従事することが多かつたこと。

(2) 又局舎内に屡々許可なく職場秩序を乱すようなアジビラを貼布し上司より撤去方を数回注意され漸く撤去したこともあつたこと。

(3) 昭和二三年七月上旬頃熊本郵便局貯金保険課において定額貯金成績向上打合せ会が開催されたがその席上、貯金保険の目標額は政府が一方的に決めたもので自分達は協力しなくてよい旨、打合せ会開催の趣旨と相反する発言をし、他職員をそそのかし、定額貯金の募集成績の向上を妨害したこと。

(4) 更に自己の職務権限をこえ屡々人事又は給与の面等に行き過ぎた介入をしていたこと。

(ハ)  原告平野朝夫は

(1) 熊本坪井郵便局庶務課厚生係に勤務していたが、勤務時間中無断で屡々離席し組合事務に従事していたため厚生係の業務が阻害されたこと。

(2) 更に昭和二二年冬頃坪井郵便局で同局組合の職場大会が開催された際、風邪で静養中の古賀亀雄局長を官舎より無理に連れ出し壇上に立たせて吊るし上げたこと。

(ニ)  原告堀泰生は

(1) 水俣郵便局で貯金の窓口事務に従事していたものであるが離席や遅刻、早退が多く勤務ぶりが熱心でなかつたこと。

(2) 更に昭和二三年頃郵政省が郵便貯金の募集のため、新種の貯蓄として割増金付定額貯金を発売し、水俣郵便局でもその目標額達成のため最大限の努力を払つていたのに、右方針を妨害するような態度を示したり、又事故防止打合せのため熊本逓信局から係官が来局した際非協力的言辞を弄するなど積極的に事業に協力せず、又職場秩序を乱し他の職員に悪影響を及ぼしたこと。

(ホ)  原告野村利男、同原賀孝弘、同青谷徳彦は

(1) いずれも熊本地方貯金局に勤務していたが、勤務時間中上司の許可なく離席することが多く又局内において勤務時間中に無断で学習活動或いは定員法の反対々策などの会合を行つていたこと。

(2) 更に昭和二三、四年頃庁舎内に許可なく過激なアジビラを掲示したり「アカハタ」を散布したりして職場秩序を乱したこと。

(3) 原告原賀は昭和二四年局内で許可なく定員法反対のアジ演説を行ない、職場秩序を乱したこと。原告野村は全逓熊本県地区本部の青年部長として熊本地方貯金局長にたびたび面会を求め、その際机をたたきあるいは局長の机の上に腰をかけるなど公務員にあるまじき態度をとり、職場秩序を乱したこと。

(ヘ)  原告山口泰は

(1) 八代郵便局郵便課の内務事務に従事し、郵便物の発送等の作業をしていたが発送先を間違えたり書留郵便をまとめて相手方郵便局に発送する際に添送する送達書の記載を間違えるなどの事故が多く何回も注意をうけたが改まらなかつたこと。

(2) 昭和二四年五、六月頃郵便検定試験制度が設けられたとき同人は一〇名位の職員を引きつれ「何のために検定試験をやるのか。」などと言つて郵便課長を吊るし上げ同課長の業務を阻害するとともに検定試験を実施不能におちいらしめたこと。

(ト)  原告栗原孝介は

熊本坪井郵便局に勤務し昭和二三、四年頃全逓熊本県地区本部の執行委員をしていたものであるが、当時郵政省において実施されていた郵便検定試験に対し全逓熊本県地区本部は右試験の実施に猛烈な反対運動を行い、遂に熊本郵便局において一たん受験者より提出された答案紙を同局長より取り戻して焼却するという悪質な行為にまで及んだものであるところ、同人は右試験反対運動の急先鋒として行動していたこと。

(チ)  原告梶原定義は

(1) 熊本郵便局庶務課に勤務していたが、勤務時間中屡々離席し、組合事務に従事し、又局舎内に許可なく屡々日本共産党熊本郵便局細胞名義のアジビラを貼布し、加うるにそのビラの内容は「我々の敵は明らかに吉田内閣である。」、「吉田内閣の売国政策に対しては最後迄断乎斗う。」などと政治的目的を有するもので、この様なビラを局舎内に貼付することは国家公務員法第一〇二条(政治的行為の制限)と抵触する違法行為であるがこれをあえてしたこと。

(2) 昭和二四年八月一三日第一次の行政整理の該当者浦部邦夫に免職の辞令を書留郵便で郵送したが同人がその受領を拒否したところ、原告梶原はどの様な手段、経路で右郵便物を入手したか不明であるが右郵便物を局長のところへ返還にきたこと、これは書留郵便物の取扱責任者でなかつた同人が勝手に持出したもので郵便取扱規程に違反し事故発生のおそれのあるもので、ひいては郵便事業の信用にもかかわる所為であること。

(3) 更に公衆に対し本件行政整理のため郵便物が滞貨したとの虚構の宣伝を行ない国家公務員法第九九条の信用失墜行為をしたこと。

(4) その他つねづね勤務時間中部外者等を局内にひきつれ上司に面会を強要し職場秩序を乱したこと。

(リ)  原告新田慶子は

(1) 熊本坪井郵便局貯金課に勤務していたが勤務時間中離席することが多く仕事に熱意なく、他人に対する言葉づかいや態度が悪く郵便局のように直接公衆を相手とするサービス行政官庁の職員としては不適格であること。

(2) 昭和二四年二、三月頃の郵便検定試験施行の際反対し事業運営に非協力であつたこと。

(3) 局舎内でしばしばアカハタの配付販売をし特定政党のための政治的行為を行つたこと。

(ヌ)  原告黒木武二は

(1) 昭和二二年一月頃から六月頃まで熊本郵便局電信課に電報の通信担当者として勤務中、勤務時間内上司に無断でしばしば職場を離れ又業務関係以外の本を読むなどして職務を怠り、そのことにつき上司より再三注意を受けたにも拘らずその非違行為を改めなかつたため、共同作業者たる他の職員に過重な負担をかけたばかりでなく電報のそ通にも支障をきたし電報自体も遅延しひいては一般利用者に迷惑を及ぼしたこと。

(2) また無断で欠勤または遅刻するなど職務を怠り業務の遂行に殆んど熱意を有していなかつたこと。

(3) 更に電報の通信担当者として一番重要な通信技術が下手であつたため昭和二二年六月頃から直接通信作業に従事しないそ通司令(電報の停滞状況を調査し、各局相互間の電報の通信がうまくいくよう措置する仕事)の補助者として配置替をしたが、依然として勤務時間中業務関係以外の本を読みふけり勤務成績不良であつたこと。

(ル)  原告金森晋は

(1) 昭和二二年頃全逓信労働組合熊本郵便局支部の組合役員として組合事務に従事中、同年五月一日のメーデーのさい組合員等をして官有物であり当時品不足でなかば貴重品扱いをしていた未使用の青色現字紙を無断で保管棚から持ち出させ。これを紙吹雪や紙テープとして局舎の窓から散布させたこと。

(2) 次に同年一一月一日熊本郵便局電信課が熊本電信局に独立昇格したのに伴い新たに電信局長室を設置する必要が生じたので、同年一二月頃局舎の一部を間仕切りして局長室を設けた際、同人は局長室を設置することは不都合であるとして、勤務時間中にもかかわらず電報の通信業務に従事中の職員等五、六〇名を指揮指導し、通信室に福田局長を呼び入れて椅子の上に立たせ局長室を作つたことにつき約一時間半にわたり激しい攻撃をし同局長をつるし上げるとともに、静粛を旨とすべき通信室で右の如き行為をしたためその騒音で電報の通信が相当妨害され、又前記のとおり右に参加した者の中には勤務中の職員も含まれていたため同局の電信業務に重大な支障を生ぜしめたこと。

(3) 更に昭和二二年一一月から同二三年二月頃までの間前記組合熊本電信局支部の書記長として在任中、当時電信局の通信室等におけるビラ等の配布は電報と混同することにより電報の紛失ないし遅延の原因となるおそれもあつたので厳重に禁止されていたにも拘らず、組合書記らをして多数のビラを何回となく右通信室内に配布せしめたこと。

(オ) 原告金森清子は

(1) 昭和二四年六、七月頃熊本電話局運用課の案内部長をしていた頃、しばしば遅刻し朝の点呼に出席しないことや又早退が多かつたこと、又勤務時間中上司の許可を受けることなくしばしば職場をはなれ職務を怠たり他職員に多大の迷惑をかけていたこと。

(2) 更に昭和二四年四月五日頃熊本電話局では電話交換業務に従事する女子職員に対する生理休暇は生理日の就業が著しく困難な者に限り必要と認める時間与えられ、その場合最高限度一周期ごとに二日間と定められたのに、同人は同年六、七月頃生理休暇を一人一率に三日間づつとるよう他の女子職員をせん動し仕事はどうなつてもよいと放言したりして電話交換要員の服務ないし配置等を困難ならしめ、その結果電話交換業務の運行に支障を生ぜしめたこと。

(ワ)  原告橋本良俊は

(1) 昭和二二年五月頃年次休暇をとる手段としてあたかも外部から自分あてに電報がきたものの如く装つて虚偽の電報をつくり上司を欺いて休暇をとつたこと。

(2) 同年頃無断で職場を放棄し芦北地区方面で農村文化工作的な演芸をして巡回したこと。

(3) 昭和二四年三月八日午後九時頃飲酒酩酊の上他の者二名とともに当直主事の制止をきき入れず局内に立ち入つて乱暴し勤務中の郵便係の執務を妨害したこと。

(4) 同年初頃組合関係のパンフレツトを許可なく郵便配達人に依頼して水俣市民に配布させたこと。

以上のとおり原告等の各行為は前記具体的整理基準(3)の非協力行為、同(5)の勤務成績不良の各項目にそれぞれ該当するものであつて、当時被告国が右行為につき原告等に対し懲戒処分等を行なつていないとしても懲戒権の発動は非違行為の行われた都度行使することもあれば又二以上の非違行為をまとめて行使することもあるから、非違行為の都度懲戒権を発動しなかつた事実を以て右非違行為が許容されたというべきでない。しかも本件の如く一時に大量の人員整理を断行しなければならない場合にあつては、平常一般の場合には免職処分等に価しない非違行為であつても、それが具体的整理基準等に該当する限り免職理由とせられるに十分であつて、各原告が本件整理の対象となつたことは極めて当然のことである。

(三)  原告は本件免職処分の根拠法規たる定員法の附則第五項が同法による免職につき人事院に対する不利益処分に関する審査請求権を除外しているのは憲法上許されない信条や性別による恣意的免職処分を容易にするものであり憲法一四条に違反すると主張するが、右附則第五項の規定が直ちに憲法違反であるとはいえないし他に憲法の違背はない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、昭和二四年頃別紙第一目録記載の原告等は郵政省の、別紙第二目録記載の原告等は電気通信省のそれぞれ職員であり、その職名並びに勤務場所等は右各目録記載のとおりであつたこと。被告国は原告等を右各目録の免職年月日欄記載の日である昭和二四年八月一二日同年九月一〇日、同月一六日にいずれも行政機関職員定員法による過員に該当するとして免職処分にしたことは当事者間に争がない。

二、原告等は右免職処分には重大且明白な瑕疵があるので無効であると主張するのに対し、被告等はたとえ本件処分に原告主張の如き瑕疵があつたとしても、原告等の本訴請求はいわゆる権利失効の原則により許されないと争うのでこの点につき判断する。

成立に争ない乙第二〇、第二一号証、証人坂口常喜の証言により真正に成立したと認める乙第一〇号証の七乃至九に証人一田進、同永井登喜雄、同坂口常喜、同松村勇、原告本人金森晋(第一回、但し後記措信しない部分を除く。)の各尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、原告等は本件免職処分後間もなく、被告国より何らの異議なくいずれも退職金を受領したこと(退職金受領の点については当事者間に争がない。尚原告等のうち一部の者は当初免職処分の効力を争い退職金を受領しなかつたため被告国において法務局に供託していたがその分についても当該原告等はやがて格別の異議をとどめず受領している。)。原告等は本件免職処分から約一〇年間を経過した昭和三四年一〇月二八日の本訴提起日(このことは本件記録上明白である。)迄、本件免職処分の無効確認請求等の訴訟を提起したり、又は復職要求をなすなど本件処分の効力を争うような態度を示していないこと。もつとも原告等は定員法による本件処分が行われた当初頃は当時原告等が所属していた全逓信労働組合熊本県地区の大会などにおいて右組合を動かして本件処分の反対斗争並びに復職運動を強力に押し進めようとしたが、昭和二四年九月二日の組合大会において大多数の組合員は本件免職処分を肯認し、被免職者を右組合の組織から排除し同人等には組合員としての資格を与えない旨の決議をなし、新たに全逓信従業員組合地区本部を組織し、同年一一月一九日人事院に右組合の登録申請をなすこととし、その後人事院より組合としての認可をうける(この組合が、現在の全逓信労働組合である。)等のことがあつて、結局において原告等は本件処分につき熊本県地区の大多数の組合員の支持をうけることができなかつたこと。そこで右組合より排除された被免職者等は従前の全逓信労働組合員と称して暫くは組織的な反対斗争を行つていたが、そのうち各人とも免職後の生活設計に追われて処分後約一年半位のうちに原告等の右組織もその活動も自然消滅するに至つたこと。

を認めることができ前顕原告本人金森晋の供述中右認定に反する部分は前顕各証拠に対比してたやすくこれを措信することができず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

原告等は前叙の退職金の受領は本件処分について異議を留めない意思のもとにしたものではなく、又本訴提起がおくれたのは(1)本件免職処分が米国の占領政策により支持されていたので情勢の変化を待つ必要があつたこと。(2)本件と同種の訴訟において殆んど労働者側が敗訴していること。(3)原告等に経済的余力がなかつたこと。を理由として述べており前顕金森晋並びに原告本人前田冨徳の各尋問の結果には右主張に副う部分もあるが(金森晋は退職金は給与の一部として受領したと述べている。)仮りに原告等の内心の意図が有効適切な訴訟提起の時期の到来を待つて本件免職処分の効力を争うつもりであつたとしても、その内心の意図は前顕各証拠によると退職金受領の際にも又その後本訴提起に至る迄の間の如何なる時期においても、当局に対する関係では何ら表示されていないのであるから、被告国が退職金の異議をとどめぬ受領という雇傭関係の終了を前提とする手続やその後の原告等の本件処分の効力を争うことをやめたと受けとれるような態度を信頼して、原告等との雇傭関係は終了したものと信じて新たな組織と規模のもとに事業を運営し、新しい事実関係並びに法律関係を形成していつたとしてもそれは至極当然のことであつて、右の如き一切の関係を約一〇年間という長年月を経過した後に、本件処分の無効を主張して一挙に覆えそうとするのは、たとえ本件免職処分に原告等主張の如き瑕疵があつたとしても、それは権利行使の方法が余りに恣意的であり信義則に反するものといわなければならない。

従つて原告等は本訴においてもはや免職処分無効を主張することが許されないものというべきであるから、本訴請求はその余の判断をする迄もなく理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 徳本サダ子 松島茂敏)

(別紙第一、二目録省略)

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